東奔西登

車中泊で日本縦断の旅をしながら、ロクスノ081号の「全国ボルダー『1級&初段』100 課題」にトライした人の記録

ふたたびフォント②希望の光

4/6

朝7時頃に目が覚める。

昨日、眠りについた時間はキャンプ場の隣で週末だけ営業しているバーの騒音が止む前だったから、23時前だろうか。

途中で一度も目が覚めることもなく、ぐっすりと眠れた。

仁川とシャルル・ド・ゴールでの2度の空港泊と時差とで、フランスに着くまでに自分がどれだけ寝たかがよくわからず、昨日までのボーッとしていた身体が元の状態に整った気がした。

いつも通りの簡単な朝食を済ます。

この日は昨年秋にトライしたけど、天候や時間の都合で登りきれずプロジェクトとなっていたクラックボルダーの「Lueur d'Espoir」をトライしようと考えていた。

課題のあるエリアまではバスと徒歩でアプローチするつもりだったけど、肝心のナビゴにアプリからチャージができず(クレカ会社がフランスでは受信ができない日本の電話番号のSMSに送るワンタイムパスワードのせい)、また、現金も持ってなくてバスに乗る手段が無く、どうやってエリアまでアプローチするか悩んだ挙句、キャンプ場の隣のサイトのクライマー(外にクラッシュパッドを置いているからすぐにクライマーだとわかった)に声をかけて、エリア近くの駐車場まで乗せて行ってもらえないかお願いすることにした。

 

恐る恐る声を掛けたが、返事は気持ち良いほどの快諾だった。

 

声を掛けた相手の名前はアンドレアス。

スウェーデンのストックホルムからひとりで来ているクライマーだ。

6週間、リモートで仕事をしながらフォンテーヌブローに滞在しているらしい。

 

彼のフォルクスワーゲンのミニバンで目標課題のあるRocher des Demoisellesまで乗せていってもらい、車を降りる。

お互いに「have a nice day」と言い合って別れた。

ひとり、フォンテーヌブローの森を目標課題に向かって歩く。

前回訪れた秋とは違い、淡い緑色をした新芽の輝く春のフォンテーヌブローも美しく、たとえ今日登れなかったとしても、この先まだ約2週間の滞在期間があるのだからなんとかなるだろうという気持ちもあって心が軽く、美しい森の中でのハイキングを楽しんだ。

 

しばらく歩くと見覚えのある景色になり、「たしかこの辺りに…」と周辺を探索したら目的の岩とはすぐに再会ができた。

その岩は地上に出ている部分はわずか3mほどで、あとは地下駐車場に向かうかのようになだらかな地面のスロープを降りて行き、その行き止まりから上を見上げると頭上には4〜5mはあるルーフクラックが出口までスッパリと続く。

そのクラック以外には手も足も使えそうなホールドは存在せず、ジャミングができないと登ることのできないクラックボルダーとして申し分のない美しい岩だ。

昨年の秋は全体のムーブを作るも繋げる事は叶わず、雨続きの天気により敗退を余儀なくされてしまった。

また、ジャミングする指のテーピングの厚みも薄かったため、ムーブ作りの間に皮が摩耗して血が出るほど皮膚がえぐれてしまっていた。

 

そんな昨秋の苦い経験から、今回の旅行では少しでも荷物を減らしたい中で少し多すぎると思えるほどのテーピングを用意していた。

 

天気予報では午後から気温が上がる予報だし、夕方はルーフ奥から出口を見上げると逆光になってしまう事を思い出し、焦る気持ちもありながら入念に昨年に作ったムーブの復習をした。

 

クラックに指を差し込み、その指を強烈にひねってロックさせるポイントを確認する。

 

核心は手のボリュームがない私には辛いオフフィンガー(シンハンド?)。

その先は逆に指の細さゆえに決まりすぎて指を残置してしまいそうなタイトなクラック。

痛みさえ我慢できれば抜けないほどの決まり具合だけど、ひねる動作は必須なので骨が軋む。

 

前回の自分のトライ動画では上手く映っていなかった足位置のせいで一時的にムーブ迷子になるも、ここで焦ってムーブを作るための連続トライを試みて疲れてしまわないように気持ちを落ち着かせた。

 

ほどなくして一連のムーブが再現でき、完登を意識したトライのためにマット位置やカメラ位置を調整して、レイヤードしていた長袖シャツを脱いで気合を入れた。

 

その日のファーストトライの緊張感はあったが、まだ先の日程の天気予報も良いことが救いとなり、気持ちは軽かった。

 

前回、けっこうハードに感じていた離陸からの初手取りも、フレッシュな事もあってか問題なく成功し、ハンドジャム&フットジャムを決めて左手を寄せていく。

前半はハンドジャムの効きは良いけど、150度はありそうな傾斜に全力で耐えながら次のムーブを起こしていく。

手も足もヒネってクラックに喰い込ませながらガマンのムーブを繋げていき、指を残置してしまいそうなフィンガークラックへの核心の一手もなんとか決まった。

この先は難しいムーブはないけども、ハンドジャムしながらのマントル気味なムーブでスラブ面に出るまでは油断はできない。

このトライで決めきりたかったから、うめき声を上げながら身体を岩の上に引き上げた。

岩のてっぺんまで登りきった時は、思わず岩の上で歓喜の声を上げた。

・・・なんて事はなく、安堵してしばらく座り込んだけだったと思う。

 

日本から背負ってきた重荷を下ろせたその後は「さて、この後の時間はどうしよう?」と考えた。

この日の繋げトライ一回目で登れたから時間はたっぷりと残っているし、せっかくキャンプ場から徒歩ではアクセスし難いエリアまで送ってもらったから、他の課題も触ってみようと考えて、前回フォントで出会った地元クライマーに「ファースト7C」として人気だという課題が同じエリアにあることを思い出して行ってみることにした。

 

その課題は「Chaman」という課題で、大きすぎず小さすぎずの丁度良いサイズで、どっかぶりからダイナミックに手を進めて行き、ホールディングも面白く、ついでにグレードの割には登りやすい(大事)という人気になるもの納得の岩だった。

その証拠に岩の前には入れ替わり立ち替わりクライマーグループが訪れていた。

好きな(得意とは言ってない)被り系という事もあり一日で登れそうだったけど、核心を超えたところで手か足か覚えてないけどスリップしてしまって登りきれなかった。

悔しいけど目標だった課題は登れてるのであんまり悔しくない。という微妙な気持ちが残ったけど、また次回の楽しみとしてここらでキャンプ場に帰ることにした。

キャンプ場までは地図アプリを頼りに約2時間半歩いた。

第一日曜日だったからフォンテーヌブロー宮殿も無料で見学できる日だったけど、クラッシュパッドがあったから今回は入らず。

ドット絵ナポレオン

キャンプ場に着いた頃にはだいぶ日も傾いていた。奥に見えている車が今朝、エリアまで送ってくれたアンドレアスの車。

「どうだった?」と聞かれて「送ってくれたおかげで送れた(Sendできた)よ」というジョークをかます英語力はないので、「おかげで登れたよ!ありがとう!」というような事を言って、握手をした。

ふたたびフォント①片道30時間ふたたび

往復8万円台というプライスに引かれて買ってしまった、おフランス行きの航空券。

お値段的には衝動で買ってもいい価格なのだけども、肩の亜脱臼から半年も経過してないタイミングだったのと、今回の行程も片道30時間オーバーだったのでとても悩んだ。

一週間くらい悩み、その間の航空券の価格の変化に翻弄されながらも、最終的には「これからの人生で今が一番若い!」というよく聞くポジティブシンキングによって航空券を購入。諦めがついたところで独りフランスへ向けて旅立ったのであった…。

 

4/3

準備期間として設けた4/1〜2の2日間がずっと雨で満足に準備ができず、鬱。

準備への満足度は50%くらい。

前回余ったはずのユーロを探したが見つからなかった。いったいどこにやったんだ…

出発当日も雨は止まず、荷物を濡らしながら駅まで歩いていく。

肩の痛みも残っていて、衝動的に今回のチケットを取ってしまった事を後悔した。

前回は預け荷物のサイズ制限でクラッシュパッドは持っていかずサブマットだけで旅したけど、今回使ったTwayは小さめなクラッシュパッドだったら預けられそうだったので持っていくことにした。

今回は出発地も羽田空港と、成田空港に行くより近くて便利。

地元の駅から寄り道せずにまっすぐに向かって、成田空港へは2時間半前着と予定よりも余裕がなかった…

空港到着から搭乗手続きまでは舐めプしないようにいつも早めの行動を心がけているけど、いつもあんまり余裕がなくて自分でも意味わからん。

今回は航空会社のチェックインカウンターで、フランスでの滞在先の予約証明が必要と言われ、行き当たりばったり旅ばかりだから「そんなもんねぇわ!」と言いたかったけど、そういう訳にもいかなかったからしかたなくキャンセル無料のホテルをその場で予約して、予約画面を見せてクリアした。

 

問題なくクラッシュパッドも預けられ、保安検査も終わらせて搭乗ゲート前でボーっとしていたら、ボーディングタイムギリギリになってしまっていてあわてて滑り込む。

 

飛行機の離陸予定時間とボーディングタイムを勘違いしていた。またやらかすところだった…

飛行機だけは舐めプよくない。

トランジット先の韓国、仁川(インチョン)空港までは短いフライトなので気が楽だった。

約3時間弱のフライトで仁川国際空港に到着。

時間は21:50。

22:00を過ぎる頃には空港内は閑散としていた。

夜を明かすためのフラットで素晴らしい寝床をゲットし、乗り換えで迷っている日本人(日本語を話す中国人だったかもしれない)に親切にしたらお菓子の雪の宿をもらった。

4/4

24:00頃に寝て、空港内が騒がしくなってきた5:00頃に起きた。

あまりにソファーの寝心地が良かったのでまだ眠れそうだったけど、飛行機内で寝れなくなると暇かもと思ってそのまま起きていたけど、よく考えたら機内で熟睡できない人だった…

隣でひたすら化粧に明け暮れるオンニ達とともに乗り換え先の飛行機を待つ。

仁川空港からシャルル・ド・ゴール空港までのフライトは、寝たり起きたりうつらうつらしながら15時間の飛行時間を無事に乗り切り、シャルル・ド・ゴール空港へ18:10に到着。

ギリギリでキャンプ場のチェックインタイムに間に合いそうだからこの日のうちに予約したキャンプ場まで行こうかと思ったけど、預け荷物のクラッシュパッドがなかなか運ばれず、キャンプ場のチェックインタイムに間に合いそうもなかったので予約したキャンプ場へメールして日程を翌日へズラしてもらった。

送ったメールの英文はほぼAIで作ってもらったものをコピペで済ました。

便利な世の中になったものだ。

この日はいつもの空港泊をしようと試みる。

部外者の入ってこれない到着ロビーのバゲッジクレームの隅っこでクラッシュパッドを広げて横になった。

少しウトウトとして目が冷めたら、周りに私と同じように空港泊を決めた人達が数人ゴロゴロと横になっていて面白かった。

クラッシュパッドがあれば、空港内のあらゆる場所があなたの寝室!

 

4/5

翌朝6:20のRER線に乗ってパリへ。

フランスのSuicaとも言えるナビゴイージーを買おうと思ったら、カウンターがしまっていて自動発券機しかなかったけど、近くに居た係りのおじさんが買い方を親切に教えてくれてなんとかなった。

カード代2€、空港からパリ中止部まで13€の定額制。

翌朝、明るくなってから電車でフォンテーヌブローへ。

駅からキャンプ場までは30〜40分ほど歩く。

途中でパン屋に寄り道。パン屋はいくらでもある。

優雅なセーヌ川を眺めながらポクポク歩く。

 

キャンプ場にチェックインしてテントを張って、道中で買った本場おフランスのクロワッサンを食べながら一息ついた。

午前中にはフォンテーヌブローに着いたのだけど、この日は暑くなりそうだったので登りには行かず、レスト日と決めてシャワーを浴びたり買い物に出たりして脱力して過ごす。

セーヌ川沿いを散策。

ヨーロッパの春の日の長い一日も暮れてきた。

 

旅で同じ国を訪れるメリットは、最初と違って環境に慣れているぶん、肩の力を抜いた時間を送れることだろうか。

そんなこんなでフランスでのキャンプ生活の時間は、キャンプ場のほとりを流れるセーヌ川のようにゆっくりと流れていくのであった(うまく締めたつもり)。

ゆるっと城ヶ崎ボルダリングの早春

気まぐれに久しぶりのブログ更新。

前回の投稿からなんと150日も経過してしまっていて、まぁよくある放置ブログ状態。

でも、そんな放置ブログでも新規読者さんが増えたりしていて、ちょっと申し訳ねぃと思いつつもモチベーションになりやす。押忍。

っで、ショートトリップだった台湾から帰ってきてからは、まだ昨年の秋にやってまった肩の亜脱臼が完治しているとは言えない状態だったので、何処か暖かいところで療養を…と考えて決めたのは伊豆方面。

ちょうど稲取地区が河津桜の最盛期で、タイミングよく人手不足だった旅館に滑り込み、名物のキンメダイと格闘しつつ休みの日は城ヶ崎へ登りに行ったりして過ごした。

 

このときの城ヶ崎ではボルダリングが中心で、新たに登られた課題や、スキマ的なラインを初登したりとこれといった目標課題のないリラックスしたもの。

 

新しい課題の中ではこさいつなエリアの「ボルテージ」という課題がスケールもあって良かった。

初登(かな?)は漁火エリアの「屋根裏の散歩者」を右端からトラバースして繋げる「屋根裏の徘徊者」。

規制課題をトラバースで繋げるのは、寝転がってスタートするような無理やりロースタートを作るのと違って、それほどサイズ差が出なさそうだからスッキリする気がする(個人の感想です)。

滞在していた稲取から城ヶ崎までは車で30分ほど掛かって意外と面倒だったのもあって、休みの日以外はほとんど登りに行かなかった。

近所の猫を弄ったり、マクドナルドのクーポンを使ってソフトクリームを買ったり(一人で2つ食べた)と日々をゆるく過ごしていたのだけど、休みの日のなんとなく見ていた航空券比較サイトでフランス行きの往復航空券が安くて、一週間くらい「買う理由」と「買わない理由」を戦わせた結果、えいやっと購入した。

 

向こう(ヨーロッパ)に一緒に登っていて、心底楽しいと感じられる人達がいるのが良くない。

 

空港to空港だけで片道30時間の行程も、考えると憂鬱だけど飛行機に乗ってしまったら諦めるしかないし…

 

という事で次回は二度目のフランス、フォンテーヌブロー編です。

台湾 八斗子ボルダーとちょっと龍洞クライミング

 

雨の基隆歩きを満喫した翌日は、貴重な晴れの一日。

台湾行きを決めてから訪ねようと思っていた八斗市(Badouzi)ボルダーへ向かった。

画像上のフラッグが立っている所がボルダーエリア

このBadouzi(バドウジ?)ボルダー、27Cragsで見つけたのだけど日本語での情報はまったくなかったので、とりあえず最寄のバス停まで行ってみて、そこから歩いて向かってみることにした。

バスは基隆駅前のバス乗り場から、降車地点の国立海洋科技博物館まで沢山の便が出ているので問題なし。

そこからさらに北にある「潮境智能海洋館」までのバスもあるようだけど、こちらは便数が少ないので計画に入れなかった。

国立海洋科技博物館前のバス停からフラッグを立てたボルダーエリアまで歩いても20分〜30分くらいなので、外国の景色を楽しみながら歩くのにほどよい距離。

バス停には台湾版現場猫もいた。ヨシッ!

一体は海洋公園になっていて、貴重な晴れの一日を楽しむ人達で賑わっていた。

濃い磯の匂いを嗅ぎながら釣り人の脇を通ってアプローチする感じは、城ヶ崎や高知の海沿いのボルダーのよう。

上の画像の奥がボルダーエリア。

左奥の崖の下にボルダーが転がっている。

エリア全景。

着いてから分かったけどけっこう潮の満干の影響を受けそう。

そして北向きの岩場なので濡れた岩は晴れてもすぐには乾かなかった。

エリアで一番目立つ大きなボルダー。

下地が岩盤なのと、濡れてヌメヌメだったのでこれはトライしなかった。

 

遊んだ岩は「地爆天星」という岩。

ちょっと厨二っぽい名前だけど、どういう意味なんだろう。

この岩にはV2〜V6と複数のラインが引かれていて、ノーマットなのでその中でも低めの課題で遊ぶことにした。

…ってもV2のラインなんかガバガバなので多少高くても問題なさそうだけど、いかんせん砂岩で岩が脆すぎる。

薄めのフレークを引っ張ったらポコって無抵抗で取れたり。

もしマットを持っていく事ができたら(それと岩が乾いていたら)、色々と登れて楽しいエリアだと思う。

この画像がV4のライン。

そしてこれがこの日の目的のV6のライン。

せまいスタートからリップまで数手のハードなムーブというボルダーらしい課題。

右下の岩に背中が触れてしまったり、ホールドが欠けたりと苦戦したけど、下地の悪さにびびってしまわないように声をだしてリップへの一手を出して完登。

2級〜1級くらいだけど、この岩場では高難度の一本なので満足して岩場を後にした。

忙しないようだけど、約4日間のショートトリップなので普通の観光も楽しみたいのだ。

 

次なる目的地は台湾にクライミングに行く人の定番の岩場「龍洞(ロンドン)」。

アプローチにもうそれとわかる車が止まっていた。

日本からハーネスとヘルメットを持ってきたので、登っているローカルに声を掛けて登らせてもらおうと思ったけど、この日、岩場に来ていたのはガイドとそのお客さんという組合せばかりだったので、さすがにロープを借りて、さらにビレイもしてとはお願いできず。

それでもガイドさんの計らいで空いた時間に一本だけ登らせてもらった。

海外クライマー、だいたいドラゴンボール好き説。

 

岩質はわからないけど、龍洞の岩は花崗岩のように硬い岩で、先ほどのBadouziとは違って安心感がケタ違いだった。

 

クラックミックスのルートを気持ちよく登って、終了点から見える青空と青い海に「旅だなぁ」と実感し、ガイドさんにお礼を言って別れた。

 

バスの時間まで龍洞をブラブラ。

海水浴に来ている人達もいた。2月なのに。

岩場を探索していたら良いサイズのボルダーがあったので遊んだ。

右抜けと左抜け。

ほんと、触った感じは花崗岩みたいなカチっとした質感。でもエッジはあってガバ多め。

 

帰りのバスの時間に合わせて龍洞を後にして、普通の観光の続きを楽しむために日本人が多く訪れる九份へ移動した。

 

2025年あけましておめでとうございます

2026年の間違いではありません。

これから語るのは、2025年の1月から3月くらいまでの個人の記録。

おおよそ一年の周回遅れブログです…

過去の記憶をスマホに残っているフォトを見て、思い出しながら書いていきます。

たしか24年の年末〜25年の松の内くらいまでは仕事も忙しかったし、亜脱臼して三か月も経ってないので大人しくしていた…と思っていたら、1月9日に日ノ御子ボルダーで「スカル」を登っていた。

ランジに近いデッドポイントでホールドを取りに行くムーブがあって、肩がふたたび外れる事のないように祈りながら手を出した。

登りたい気持ちが自制心をやすやすと越えてしまう…

その他にも、肩の調子と相談しながら古いのから新しいのまで、色々な岩と課題で遊んだ。

超人気課題の「百と八つ」も大好きなモカシムでフラッシュ。

パン好きなので、岩場に高知名物「ぼうしパン」を持っていくのが個人的ブームだった。

食べ物も美味しく、気候も温暖な高知(日ノ御子は寒いけど)での生活は幸せで、リラックスした日々を過ごせた気がする。

 

反面、仕事はかなり忙しく、日の出前から勤務→仮眠→夕方から勤務

みたいなシフトだったので、休日以外は部屋でネットを見るのが唯一の楽しみになっていた。

そんな時になんとなく見てしまうスカイスキャナーで旅の虫が疼きだし、とりあえず近場で安いところを…と探していたら台湾が思いのほか安かったから、そこから一週間くらいは数千円の値段変化に一喜一憂しつつ悩みに悩んでポチってしまった。

そんなこんなで仕事で忙しかった年末年始も終わり、仕事の打ち上げで連れて行ってもらったバーで一本一万円を超えるようなシャンパンをごちそうになったりもしました。

高知は人柄も好きだし、移住先に良さそうだけど、ガソリンが全国トップレベルで高いのがなぁ…日照時間が長そうだから、ソーラーパネルを設置してその電力で電気自動車を動かしたい。

これが「がっかり観光地」と言われる「はりまや橋」のさらに改修中という二重のガッカリ感!

 

仕事が終わって野に放たれてからは、高知県の西の端「大堂海岸」に行ったり、愛媛県の南端「内海ボルダー」に行ったり。

基本的にぼっちなので、大堂海岸ではトップロープソロで遊んでた。

安全なクラックは楽しい。

 

寒波による大雪でとても四国とは思えないような景色の中、時計回りに四国をぐるっと回ってなんとか淡路島まで戻った。

淡路島では真冬の車中泊生活の生命線とも言えるFFヒーターのコントローラーが断線で使えなくなって焦ったりしたけど、なんとか修復して生活を送った。

名産の玉ねぎを入れて作ったうどんが美味しかった。

淡路島のシークレットな岩場も偶然見つけて少しだけお触り。

台湾への出立にタイミングを合わせて淡路島を後にした後は、寄り道して北山公園でショーギノーマルを登った。

まだまだ宿題いっぱいの北山公園だけど、少し満足して神戸港からフェリーで関空へ。

今はお得に使えなくなってしまったようだけど、フェリーを使うとフェリー乗り場にある駐車場料金が無料だったから、台湾に行ってる間の駐車料金が掛からなくて利口なムーブだった。

関空内の快適なベッドで仮眠して、台湾へ。

初の台湾は旅しやすい国だった。

バスや電車などのローカルな移動手段でも難しいことはなく、駅には日本語ができる年配のスタッフがいたりして日本人に暖かい。

冬の台湾は雨が多いらしい。

台北の空港に着いたときは持ちこたえていた空も、台湾で一番ポピュラーな岩場の龍洞(ロンドン)に近い大きな街の基隆(キールン)に着く頃にはしっかりとした雨になっていた。

基隆は「雨の都」と呼ばれるくらい雨の多い街だそうで、そうでなくても雨の多い冬のシーズンだったので、天気が悪いのは到着する前から覚悟してたからダメージは少ない。

基隆には雨の中でも快適な屋根付きのローカルフードコートもある。

後述するけど、有名な観光地の九扮もほとんどの通りがアーケードちっくな屋根付きなので、雨降りでもけっこう楽しめた。

この日は基隆の街歩きを楽しんで、明日の行動食になりそうなおやつを幾つか買ってから宿に帰った。

就寝⋯ 格安ゲストハウス⋯⋯!

 

ただ西日本をぐるっと回っただけの12月

山口県では他にも元乃隅神社や角島大橋などの有名観光スポットを巡るも、「晴れてなきゃ意味ないよ」って感じの残念な景色で早々と下関から九州へ。

っと、ここで油断?慢心?から簡単なボルダーで肩を亜脱臼をしてしまった…

ガバでハイステップに足を上げるムーブだったのだけど、ホールドが持てすぎるが故に肩関節が外れる方向に引けすぎた。

「ぐぼっ!」と自分でも聞こえるくらい(撮っていた動画にもハッキリと音が撮れていた)の音を立てて一瞬、肩に力が入らなくなり、急いでもう片方の腕で肩を抑えたら元の位置に収まったようで、若干の痺れはあるもののブラブラと関節の外れた感じはなくなった。

 

当然、クライミングは即止めたのだけど、不幸にも翌日にスキマバイトを入れてしまっていたので、その日は患部を冷やさないとならないのに、温泉に入って温めてしまうというサイアクのムーブ。

だって身なりを整えないとならなかったんですもの…

スキマバイトもキャンセルすればいいのに、評価に傷がつくのを恐れて痛み止めの湿布を貼って、片腕を庇いながら勤め上げた。

とことんムーブをミスってる。

 

とにかく、この受傷によって今回の九州クライミングは終了。

普通の人だったら「地元に帰って療養」となるのだろうけど、てやんでぇ!こちとら家なき子

 

東京に帰っても部屋がある訳でもないし、暖かい九州で療養した方がマシ!としばらくは九州で過ごすことに。

杖立温泉や雪の阿蘇山を走ったり。

九州に来たのに寒いぞ!っと寒さから逃れるように天草へ。

トータルで4年間ほど九州に住んでいたけど、天草を訪れるのは初めて。

天草のイメージは天草四郎時貞くらいしか持っていなかった。それもサムスピの…

天草ではキリシタン関係の施設を観光したり、オランダ人が設計した石畳の西洋的雰囲気をもつ三角港でのんびり釣りしたり。

特にこの三角港でのゆったりした時間が好きだった。

天草を西に向かい、﨑津集落へ。

ここは天草の潜伏キリシタン関係遺産として自分にとってのハイライトだった。

日本の漁村にミスマッチとも言える西洋的な教会が異世界転生モノのよう。

漁村らしく猫も沢山。

いまでこそ多くの観光客の訪れる集落だけど、もし、キリシタンの弾圧がなかったとしたら、外部から訪れる者もなく、異国からの信仰を信じる人達だけで細々と貧しく、だけど平和に日々を過ごしていたんだろうなぁ。

基本的に厨二なので西洋!十字架!キリスト教!というもの弱いので、とことん感銘を受けて天草を後にした。

本州に戻り、山口県の岩国へ。

ここでは有名な橋を観た。

通行料が何両か掛かるみたいなので、脇から。

そしていきなり神戸から淡路島へ。

ライミングができないと寄るところがない!

なんで淡路島?って感じだけど、高知県での仕事が決まったので、その仕事が始まるまでの待機期間を暖かい四国で過ごそうという魂胆。

道の駅で出会ったご主人と車で旅している猫ちゃん。

猫も慣らせば車中泊旅できるんだ…

 

淡路島〜徳島は高知に行くまでの通りがかりという感じだったけど、ゆっくり移動したので色々と楽しかった。

ロトの剣

はんごろし

この年はラッキーとは言い難い年だったので厄落としもしてきた

 

高知県に入ってから、冬の高知の名物ともいえる「だるま夕日」が運良く観られた。

車中泊生活だと日の出や日の入りを見る機会が多くて、その美しさに見惚れる機会が多い。

部屋のある(日々働いている)生活だと気がついたら太陽が昇っていて、気がついたら沈んでいることが多いものなぁ。

ライミングの方はというと、亜脱臼後、二週間ぶりに登ってみた。

怪我した部位に負荷を掛けないよう恐る恐るだけど、とても楽しかった。

西へ。ハードなクラックボルダー詣で

北周遊ボルダーから帰ってきたら瑞牆山は本気の秋になっていたので、残り短いシーズンを逃さないように瑞牆の末端壁で「トワイライト」と「春うらら 2ピッチ目」を登った。

トワイライトのワイド部分はサイズ的に丁度よかったのか、ズリズリ這い上がりながらも毎回、自分でもなぜ落ちてないのか分からないくらいの感じで身体が残った。

トワイライトはワイド部を越えてからも被ったハンドサイズのクラックが続き、ヨレた身体で最後のマントルというか奥まったガバに手を出すのが辛かった。

ガバ掴んでからは必死でリップ上に膝を乗せて這い上がったような記憶。

春うらら2Pは安全なテラスを飛び出して登り始める恐ろしい出だしから、フィンガージャム区間を越えてレイバックなどの大きな動きで一気に高度を稼いでくようなムーブで、課題の途中に2回ある大きなレストポイントで息を整えて、それぞれのパートに核心のある長いルートを乗り越えていくような面白みを持った課題だった。

2Pというパートナーを選ぶ課題なので、2日ほど運良く付き合ってくれる人達がいて幸運だった。

リードトライは一回。

練り固めたムーブで、大きなミスをする事なく終了点まで駆け抜けれた。

惜しむらくは地上約30mからのスタートで、しかもテラスは狭くてカメラを置くスペースがないという性質上、動画が残せなかったこと。

地上にいたバリエーション登山?のおばちゃん達が、レストポイントで何度も手をシェイクする私を見て「きっと岩が熱いのよ」と言っていたのが聞こえてきて面白かった。

実際、日当たり良すぎて熱いくらいだったので「ほんと、熱いっす」と返した。

無事に末端壁で登りたかった課題二本を終わらせることができたので、車を一路西に走らせて恵那へ。

昔の宿題となっていた「ノムール」と、面白いとの評判を聞く「チェブラーシカ」をモカシム縛りで登るという遊びをして、満足してさらに西へ車を走らせた。

山を越えて一気に滋賀県へ。

目的地は今は閉鎖されてしまった某龍道場

何も公開前にひっそりと登りに行ったという訳ではなく、かと言って特別シークレットという岩場でもなく、昔から登られていたけど、大々的に宣伝はしてなかった岩場という感じらしい。

ここでは名物課題の「ドラゴンクラック」をSDで登った。

SDで初段らしい。

良くわからなかったスタート指定のホールドは、この岩場のヌシのような方に教えてもらってスッキリとスタート。

指定はなさそうだけど、中腰ではなくてマットに腰を下ろしてから離陸した。

 

コンパクトな岩場だけど、リードからボルダーまで揃っていて良い遊び場になりそうだったのに残念。

急に利用者が増えて地元の人が困惑していると聞いたけど、そこそこの規模のクライミングエリアなんて公開直後は賑わうけど、その後はすぐに閑古鳥が鳴くようになるからどうか安心してください、地元の方々。

瑞牆のハ○トエリアとか尾○川とか野○谷とか・・・

その後はヌシの方に教えてもらった同県の白ひげボルダーへ。

ここでは関西一(西日本一?)の内容を持ったクラックボルダー「レインシェルター」をトライ。

被り具合がエグい。

画像ではわからないけど、一段下がったランディングには多くの枯れ木が積んであって先人の優しさを感じた。

トライ時はその枯れ木の上に厚さ3cmほどのサブマットを敷いて、強度的核心の出だしにメインのマットを敷いた。

枯れ木ランディングがクッションになってくれそうだからという判断だったけど、スポッター無しは恐ろしかった。

 

恐怖を振り払うかのような絶叫クライミングでレインシェルターを登ったあとは、しばらくはハードなクライミングをする気が起きなかったので、西の河原と呼ばれるボルダーエリアの見学や滋賀の英雄、西川貴教が地元でどれだけ愛されているかを感じながら観光気分で楽しんだ。

スキマバイトで働くことによって通行料をタダにするという合理的なムーブで奥比叡ドライブウェイを走ったり。

滋賀県を出てからはあまり寄り道をせず広島の戸河内ボルダーに向かうも無念の雨。

それもけっこうな降りだったから、翌日の乾きも諦めて行ったことのなかった島根県日本海側へ。

海沿いの道の駅で寝て、翌朝は雨も上がって見事な虹が現れた。